2008年8月13日水曜日

残暑お見舞い申し上げます




残暑御見舞い申し上げます

日頃、ブログをこっそりのぞいて下さる方々…、いかがお過ごしでしょうか。

とりとめのないこのブログを応援下さり、有難う御座います♪

まだまだ酷暑の折柄、どうぞ御自愛のほど、心よりお祈り申し上げます。

平成20年 盛夏
   
石の上にも笑いと涙
御影亭 石蔵

2008年8月10日日曜日

もうすぐお盆…そもそもお盆とは?



■お盆のいわれと由来■
お盆の正式名称は[盂蘭盆会・うらぼんえ]と言います。
先祖の精霊を迎え追善の供養をする期間を「お盆」と呼びます。
・7月または8月の13日より16日までの4日間をさします。
・13日の夕方に迎え火を焚き、先祖の霊を迎えます。
・期間中には僧侶を招きお経や飲食の供養をします。
・16日の夕方、送り火を焚き、御先祖さまにお帰りいただきます。

◆逆さ吊り?
[盂蘭盆会・うらぼんえ]とはインドのサンスクリット語のウラバンナ(逆さ吊り)を漢字で音写したもので、 転じて「逆さまに釣り下げられるような苦しみにあっている人を救う法要」という意味です。
・お盆の行事はお釈迦さまの弟子の一人、目連尊者(もくれんそんじゃ)が母を救う話に由来しています。 目連尊者はある時神通力によって亡き母が餓鬼道に落ち逆さ吊りにされて苦しんでいると知りました。 そこで、どうしたら母親を救えるのかお釈迦様に相談したところ、 お釈迦様は言われました。「夏の修行が終った7月15日に僧侶を招き、多くの供物をささげて供養すれば母を救うことが出来るであろう」と。目連尊者がお釈迦様の教えのままにしたところ、その功徳によって母親は極楽往生がとげられたとのことです。
・それ以来(旧暦)7月15日は、父母や先祖に報恩感謝をささげ、供養をつむ重要な日となりました。わが国では、推古天皇の14年(606)に、はじめてお盆の行事が行われたと伝えられています。日本各地で行われるお盆の行事は、各地の風習などが加わったり、宗派による違いなどによってさまざまですが、一般的に先祖の霊が帰ってくると考えられています。
お寺では施餓鬼供養をしますが、家庭では先祖の霊が帰ってくる日としてさまざまな行事を行います。


■日本のお盆■
◆ 日本における「お盆」は、仏教に於ける盂蘭盆(ウランバナ)の行事―地獄の苦しみをうけている人々をこの世から供養することの功徳によって、その苦しみを救いたいという行事―と、昔からの今の自分があるのは、ご先祖さまのお陰であると感謝する先祖崇拝の心と合体したものです。古くからの農耕儀礼や祖霊祭祀などが融合して伝えられてきたのが日本のお盆です。お盆の習わしも、地域や宗教・宗派によって、あるいは時代によって、 さまざまに形を変えながら伝えられてきました。 その意味では、これが絶対に正しいという決まりはありません。しかし、親族が一堂に会し、先祖や故人を偲び、今日ある自分をかえりみるという、 お盆の根幹をなす理念は、千古の昔から変わらないものだといっていいでしょう。

◆わが国の朝廷で行われたのは推古天皇(606年)十四年七月十五日斎会を設けたのが初めてとされ、斎明天皇(657年)三年七月十五日飛鳥寺で盂蘭盆会が催されたとあります。江戸時代以前のお盆行事は武家、貴族、僧侶、宮廷の上層階級で主に催され、一般庶民に広まったのは江戸時代のようです。江戸時代に入ると庶民の間にも仏壇やお盆行事が普及し、又、ローソクが大量生産によって安価に入手できるようになってから提灯がお盆にも広く用いられるようになりました。

◆盆と正月・・・・・藪入り(やぶいり) 「盆と正月」という言葉が聞かれるほど、日本人にとってお盆は大切な行事と考えられています。 最近は藪入り(やぶいり)という言葉も死語となってしまいました。江戸の時代、お正月とお盆には奉公人が休みをとって実家に帰ることが出来る時期で、これを「藪入り」と称しました。当時は、仕事を見習うために、職人・商人ともに、十三・四歳頃から師匠や商家を選んで丁稚奉公にでたものです。丁稚たちは例年、正月の薮入りに主人から衣類万端与えられ、小遣いをもらって親許へ帰ります。この時期はまた、他家に嫁いだ女性が実家に戻ることの出来る時期でもあり、自分と自分の家(先祖、ルーツ・・・)の繋がりを確認する大切な行事でありました。

◆日本の「お盆」は、仏教の盂蘭盆(ウランバナ)が藪入り(やぶいり)に結びついて、現代に伝えられたものです。先祖の霊が帰ってくる日ということで、親戚一同が集まってお迎えし供養します。故郷を離れている人も帰郷する人も多いことでしょう 。新しく家族になった人たちのお披露目や近況報告・思い出話などなど・・・

◆日本のお盆行事は、家族や一族があつまりご先祖を供養し、亡くなられた人をしのぶ行事として行なわれます。家族や一族が集まり、故人の思い出を語り合うことは大変に意義ある素晴らしい風習であると思います。


■お盆の意義■
◆お盆(盂蘭盆会)は、先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、私たち子孫が、報恩の供養をする時なのです。

◆ 離れていて供養に参加できない場合は・・・最近は夏休みの時期も人それぞれ。お盆に実家に帰れないという人も多いはずです。部屋の中に盆棚に見立てたコーナーをつくってみてはいかがでしょうか?キキョウ、萩、ホオズキなどお盆につきものの花や先祖の霊が乗るといわれる、キュウリやナスビで作った馬や牛を飾りましょう。これに毎日お水を供えて遠く離れたご先祖様の霊に手を合わせてみて。お線香も必ずたきましょう。
・お墓参りになかなか行けない人も、日頃のお礼の気持ちをご先祖様に伝えるいい機会です。
地方によってその日程、盆棚の飾付け方などは多少異なりますが、その心は同じはず。家の事情によってお仏壇を置いていない家庭も多いようですが、お盆の間だけでも先祖への気持ちを大切にして、簡単なお飾りだけでも作りませんか?

2008年8月7日木曜日

もうすぐお盆…お墓参りの作法


もうすぐお盆。先祖供養や人の死を実感する機会が減るなか、心を込めた墓参りは人とのつながりを再認識させてくれる。聖徳大学の長江曜子教授(葬送文化)に、墓参りの作法を聞いた。 (広川一人)

 墓参に持参するのは、献花や線香、供え物のほかバケツとぞうきん、たわしとほうきに軍手、ごみをまとめるビニール袋など。植木がある場合は、剪定(せんてい)ばさみも用意する。清掃が墓参りの第一歩。
 まず、ほうきで掃いて、周りの草取り。植木や雑草が、隣接する墓地にかからないよう注意する。生えた雑草も要注意。すき間に根が張ると、墓石を囲む外柵がぐらつくこともある。
 次にぬれたぞうきんやたわしを使い墓石を洗う。こびり付いたほこりや土はたわしで。線香立てに詰まったごみも取り除く。洗剤は墓石に染み込み、変色の原因になるので使わない。
 清掃が終わったら、花などを供え、線香を上げる。ろうそくをともす場合には、墓石に直接置くと染みの原因になるので受け皿などを用意する。御影石は熱に弱いので、一度に多量の線香を供えると、香炉が割れることもあるので注意が必要だ。
 故人が好きだったからと酒をかける人がいるが、アルコールも墓石の変色原因になる。
 後片付けも忘れずに行う。缶類は墓石にさびが付くと取れなくなるので持ち帰る。供え物も傷んで染みになったり、カラスに荒らされたりするので持ち帰るのがマナー。
 高齢や病気などで墓参できない場合は、石材店や霊園の管理会社に様子を見てもらう代行を依頼できる。事前に見積もりを取って費用の確認も必要。 (下記参照)
 寺院墓地の場合は、本尊がある本堂に参った後、自分の墓に。本堂では、日ごろ墓守をしてくれている寺院に感謝する意味で、菓子や布施を置いた方がいい。「お互いさま」という意識から無縁仏も参る。民間霊園の場合は、事務所にあいさつする配慮も大切だ。
 長江教授は「お墓は、お参りしてやっと完成するもの。故人の思い出話などを通じ、先祖を敬ったり、命の大切さを背中で示せる場でもあるので、子どもにその心を伝えるためにもぜひ家族で行ってほしい」と話している。


聖徳大・長江曜子教授に聞く
東京新聞2008年8月6日記事より
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日本の三大銘石『本御影石』は、私共の誇りです。
本御影石に関するお問合せ・ご質問はお気軽に下記までお寄せください。
また、ご遠方や、お体の事情などでお墓参りが叶わない方に代わって、
お墓の清掃と代行墓参をさせて頂いております
春秋彼岸+お盆+年の暮れなど、ご要望に応じて誠真実にてお参りします
(代行墓参の後は、お写真をお送りしております)
ご相談はお気軽に下記まで。

本御影石の石久  乾 石 材 店   0120-450-148   
〒658-0062 神戸市東灘区住吉台33-1

当店のホームページもご覧下さい http://www.inui-sekizai.com/  
               
人情溢れるスタッフが皆様とのご縁を楽しみにお待ちしております
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2008年7月18日金曜日

お墓ができるまで~後編~

さて数日前に「お墓ができるまで~前編~」で、墓所工事の基盤作りからをご紹介しましたが、今日は後編です。
今回は、石碑や霊標などを設置して、完成までのご紹介。
尚、この工事では【本御影石製9寸角神戸型】の石碑が使われました。


しっかりと固まったコンクリートの上に、メインとなる石碑を、据え付けていきます。 木材の三脚には「チェーンブロック」と呼ばれる滑車が吊られています、それで石の部材を吊り上げて設置します。(近年では「蜘蛛型クレーン」という重機を使うお店も増えてきましたが、このチェーンブロックでもじゅうぶんです。)


そして、供物台を置き、花立台を置き、花立を置き、水鉢を置き、霊標を置き、部材と部材の間に丁寧に目地セメントを入れて…、玉砂利を撒き…、きれいに拭き上げて…
完成したのが、こちらの写真!




 
本御影石独特の趣が、最高級の味わいを醸し出しています。年限が経ちますと更に、重厚感が素晴らしくなります。
正面左右の太柱は、ここへ腰掛けて、故人とゆっくりと過ごしたいというお施主様のご要望で、敢えて低く設置しました。最近はベンチのあるお墓も多いですが、あっさりスッキリをした墓所をお望みであったこと等をすべて総合して、その想いがこの様な形になりました。


これは墓石左側に設置した物置石です。 従来の物置石は自然石の格好で天端だけと平らにしたものの上に手提げ鞄やお供花などを一時的に置くものですが、今回はちょっと工夫をして、お墓参りの際にお使いになるであろう、清掃用の小さな箒やスポンジなどの収納ができるようにしています。 勿論これも、本御影石製。石工職人の心がこもった手作りです。

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日本の三大銘石『本御影石』は、私共の誇りです。

本御影石に関するお問合せ・ご質問はお気軽に下記までお寄せください。


本御影石の石久  乾 石 材 店   0120-450-148 
                              
〒658-0062 神戸市東灘区住吉台33-1

当店のホームページもご覧下さい http://www.inui-sekizai.com/
                 
人情溢れるスタッフが皆様とのご縁を楽しみにお待ちしております


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2008年7月16日水曜日

自分と向き合うお墓参り


特集ワイド:お墓参りの勧め 「千の風になって」新井満さん

 ◇静かに まぶたを閉じ 心を平安にすると かなたから声が響いてくる

 そこに眠っていないのなら、お墓参りは……。「千の風になって」が大ヒットした影響で墓参りを見合わせる人が出ている(?)ともうわさされるが、その日本語詞を書き、作曲もした作家の新井満さん(62)は、実はお墓参りが大好きで、「暇さえあれば、出かける」のだという。死者と向き合い、そして、自分と向き合うお墓参りの醍醐味を聞いた。【大槻英二】

 横浜市神奈川区の六角橋。昭和の薫り漂う商店街に、待ち合わせた喫茶「珈琲文明」はあった。クラシックのBGMとコーヒーの香りに癒やされながら、天井に描かれた青空をぼんやり眺めていると、トレードマークの帽子をかぶった新井さんが現れた。

 「笑い話ですよ」と前置きして語り始めた。「例年より墓参りする人が減って、全国のお坊さんたちが腹を立てているそうです。どうやら犯人はあの歌の歌詞にあるらしいと。まあ、それぐらい日本中の皆さんに『千の風になって』が親しまれたということから生まれた冗談だとは思いますが」。ぬれぎぬを晴らすように続ける。「ああいう歌を作ったから、新井は墓参りには絶対行かない人間だろうと思っている人も多いようですが、それは誤解です。私自身は小さいころから、しょっちゅう墓参りに行ってました」
 新井さんは2歳のとき、父親を亡くした。以来、母親に手を引かれ、毎月のように、日本海を望む海辺の墓地に行き、墓前で手を合わせた。それゆえ、お墓はとても親しみ深い場所なのだという。
 肉親や友人の墓参に限らない。その作品に感動した文学者、音楽家、画家たちのお墓もよく訪ねる。「アルプスの少女ハイジ」の作者シュピーリ、幕末の志士、坂本龍馬、天才画家デ・キリコら国内外の墓を訪ねた紀行文と写真でつづった「お墓参りは楽しい」(朝日新聞社)と題する本まで出したほどだ。
 「ミーハーな性格のせいでしょうね。作品が好きになると、次はその作者に非常な興味をもつ。そのうち会いたくなる。生きている人ならば、自宅を調べて飛んで行き『感動しましたあ!』と言って、一緒に記念写真を撮ったり、サインをもらったりしたい口なんです。ところが、私が会いたい人たちは、既にほとんどの方々がこの世の人ではない。でも会って話をしてみたい。そんなとき、どこへ行けばいいかというと、お墓しかないわけです。墓地は死者の現住所のようなもので、この世とあの世の交流場所みたいなところです。もっと気軽に出かけましょう」

 喪服を着て、供え物を用意してと、つい身構えてしまうが、作法はあるのだろうか。
 「そんなのいりません。お線香やろうそくはあってもいいし、なくてもいい。どうしても、死者のために何かしてあげたいと思うならば、その人が生前、好きだった花、あるいは、好きなんじゃないかと思われる花をささげることです。もちろん、手ぶらでも構いません」。三波春夫さんの墓前には桜の花を供えた。

 「肝心なことは、墓地まで足を運び、墓前に立って、静かにまぶたを閉じて、心を平安にすること。そうすると、墓地はたいてい静かなところにありますから、野鳥のさえずりとか、遠くの教会の鐘の音とか、いろんな音が聞こえてきます。そのうち、闇のかなたから響いてくる死者の声に、そっと耳を傾ければいいんです」
 死者との対話というと、スピリチュアルな世界に入り込んでしまうようだが、それは、自分との対話でもあるという。新井さんが26歳のころ、函館の石川啄木の墓参に初めて訪れたときは、闇の奥から「どこの、誰だ」と早口で甲高い男の声が聞こえてきた。
 「もしそう問われたならば、怖がらないで、礼儀正しく自己紹介する。これが墓参のマナーです。敬愛する人のお墓参りをする時には、あなたの生涯は素晴らしかったとオマージュ(称賛)する。冥福を祈る。そして、墓前で死者と親しく対話する。その対話とは、実は自分との対話でもある。その人を敬愛してきた自分の来し方を振り返り、同時に自分の行く末に思いをはせることでもあるんです」
 慌ただしい時代、立ち止まって、死者に思いをはせる余裕をみつけるのも難しいことだが、そんな時代だからこそ、時には墓地に足を運んで自分を見つめ直すのも悪くない。しかし、お墓に行けば、いつでも死者に会えるというわけではない。不在の時も多い。
 「死者は風になる、と私の歌はうたっています。風は世界中を自由自在に吹きわたるわけですから、常にお墓にいるとは限りません。墓前で、いくら呼びかけても、死者の声が聞こえない時には、がっかりしないで、いまどこにいらっしゃるのだろうと考えることです。そんな時は、死者が生前、大好きだった場所を訪れることをお勧めします」
 新井さんが遠藤周作さんの墓参に行った時もそうだった。東京・府中のカトリック墓地を訪ねた日は、冷たい雨が降っていた。問いかけても、返事はない。遠藤周作文学館のある長崎の外海(そとめ)町(現長崎市)を訪ね、「沈黙の碑」に足を運んだ。そこに、いらっしゃった。

 「大切なのは、死んだ人を決して忘れないこと。後に残された生者がずっと覚えている限り、死者はいつまでも心の中で生き続ける。それが最大の供養です。余命がまだ何十年もあったはずなのに、無念にも亡くなってしまった人もいます。そういう場合は、死者の分まで生きてあげるのが、生者の義務といっていい。そして、生者もいつか死者になる。そうなったら、風になって、後に残してきた人々を見守ってあげればいいんです」
 インタビューを終えて、商店街の狭い路地を歩いた。大通りに出ると、すーっと心地よい風がほおをなでた。無数の死者たちに囲まれて、いま自分は生かされているのだなあ。あの人のお墓参りに行ってみたくなった。

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 ■人物略歴
 ◇あらい・まん
 1946年、新潟県生まれ。88年「尋ね人の時間」で芥川賞。98年長野冬季五輪開・閉会式のイメージ監督を務める。訳詞、作曲、歌唱した「千の風になって」がロングセラーとなるなど、多方面で活躍。近著に「良寛さんの愛語」(考古堂)。
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(毎日新聞 2008年7月15日 東京夕刊より)
          

2008年7月15日火曜日

お墓ができるまで~前編~

お客様や知人から「お墓ってどうやって建てるの?」とよく質問を請けます。
そういえば自分も石屋になるまで、全く知らなかったな・・・。


そこで今日は、お墓の作業工程をご説明しようと思います!とっても重い石を、どのようにして墓地に据え付けているのか、御判り頂けるかと思います。




ここは、市内の某墓地。ここに、Y様のお墓を作ります。





まず、地盤となる土をきれいにします。
空地の時期にたくさん草が生えていましたが、根っこからきれいに除去し、平らに均します。




しっかりしたコンクリートで土台を作ります。石は非常に重いので、しっかりしたベースコンクリートを打設しないと、将来お墓が傾いたりします。 これは、コンクリートを流し込む前に砂利を敷いて、鉄筋を張り、コンクリートが強く結束するようにしています。





コンクリートを流し込んで数日後、しっかりと固まっています。
中央の部分はなぜコンクリートを入れず、土のままなのか?これは、ちょうど墓石の真下にあたる部分です。ここには「カロート」と呼ばれる、納骨室が設置される場所です。昔から「土に返す」と言いますが、亡骸を納める部分をコンクリートで固めてしまうと、土に返って頂けなくなりますよね。ですから、この部分は土のままにしておくのです。


左右と後ろに長い延べ石が入りました。前には参拝が出来る場所が出来、正面左右に太柱が置かれました。この石も、同じ大きさの木材なら大人二人で持てそうなものですが、石はそう簡単に運べるものではありません。写真にはありませんが、運搬車という重機でここまで運び、チェーンブロックと呼ばれる滑車で吊り上げて石を設置します。
しかも、無造作な運び方・置き方をすれば、欠けたりしてしまうので、非常に神経を使った作業になります。


延べ石と延べ石は、墓石の重みに耐えうる様、また地震がきても簡単に動かぬ様、金具で頑丈に固定します。


墓石が据えられる真下の位置にカロートを設置しています。当店では、本御影石でカロートを作ります。



カロートの外側はしっかりとしたコンクリートで固められました。

これから数日、コンクリートをしっかり乾燥させて、いよいよ墓石の設置です。
続きはまた後日、「お墓ができるまで~後編~」で。
どうぞお楽しみに…。

2008年7月14日月曜日

海歩ちゃん



僕の姫路時代の大親友、拓ちゃん夫妻に、2月19日に、めでたく第一子、女の子誕生!
「あれ?聴いていた予定日はもっともっと先のはずじゃ・・・?僕の覚え違いか?」と思ったのですが、実はなんと、妊娠25週で切迫早産によるご出産の、超未熟児でありました・・・。
出生時体重は592グラム。

姫路時代の同僚一同「どんな言葉を掛けてあげるべきなのか?」「奥さんの母胎は大丈夫なの?」「おめでとうって言って差し支えはないのか??」「何か手助けは出来ないかな?」など、メールで電話で話し合っても、詰まるところ、ラチは開かず・・・。

『海歩(かほ)ちゃん』と名付けられたプリンセスは、僕らの深刻なる会議を尻目に、新米パパママの拓ちゃん夫妻の愛情をタップリドップリ受けて、体重2,386グラムまで大きくなりました。そして6月22日、無事に退院されました!

内祝に届いたのが上の写真。
なんと、海歩ちゃんが誕生した時の体重とまったく同じ重さの、コシヒカリ。その名も【海歩米】だったのです!

それを手に持った僕は、いかにも生後間もない海歩ちゃんを抱っこしている気分になり、米に向かってつぶやいたのでした。
『生まれてきてくれてありがとう・・・』  ←なぜか実父気取り(TдT)

これからも、拓ちゃん夫妻の優しい親心をすこぶる浴びて、すくすく大きくなっていって欲しいな。
海歩ちゃん!近いうちにおっちゃんと遊ぼうね(≧▽≦)